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one word(米英)

「好きだ。」
「ああ。」
アメリカの言葉に、イギリスは書類から顔を上げることなく素っ気無く応えた。
「好きだ。好きだ。」
「聞こえてる。」
「好きだ。好きだ。好きだ。」
「聞こえてると言っただろう。」
そう応えはしたものの、イギリスが書類から目を放すことはなかった。
「聞こえてても届いてない。何度言えば、君に届くんだい?」
何をわけのわからないことを言っている。イギリスはそう言い返すつもりはなかった。代わりにイギリスが出した言葉は。
「一度で充分だ。」
イギリスは立ち上がり、アメリカの前に立つと、不意にアメリカにキスをした。
「イギリス?」
「俺ならその一度すら出す必要がないということだ。」
好きだ。イギリスの気持ちは、アメリカにも伝わった。

真夏のクリスマス(米英)

イギリスから電話がかかってくるのは珍しい。
「おい、アメリカ、おまえの所から不審な荷物が届いたんだが、誤配送か?」
不審な荷物は送っていない。普通にラッピングをして送りはしたが。
「間違いじゃない。」
「ただの遅延か。それにしても遅過ぎだな。」
「先週送ったものだから、そう遅くはないぞ。」
「えっ?」
電話の向こうからイギリスの驚く声が聞こえた。まあ、驚くのも無理はない。
「メリークリスマスと書いてあるぞ。」
「クリスマスプレゼントだからな。」
「どういうつもりだ?今は真夏だぞ。」
「クリスマスに贈ったら、俺が君とクリスマスを祝いたいかのように思われるじゃないか。用事はそれだけ?もう切るよ。」
素っ気無く言ってしまったのは、ただの照れ隠しだ。たとえ時期がずれたとしてもクリスマスプレゼントを贈りたかった、と口に出して言うことなどできない。
そのまま電話を切る寸前。
「……ありがとう。」
イギリスの声が小さく聞こえたような気がしたが。思ってもみなかった言葉に、驚き過ぎて電話をオフにしてしまった。

call my name(新平)

「工藤。」
平次が新一を呼んだ。だが、返事はない。
「工藤。」
聞こえているはずなのに、やはり無視。
「おーい、工藤。」
怒らせたわけではない。新一の横顔にも、不機嫌さは現れていない。
「工藤くーん。」
4度目で、ようやく新一が平次の方を向いた。
「なして返事せん。」
「名前で呼べ。」
「はぁ?」
ようやく新一が言葉を出したが、その意味がわからない。
「新一って呼べ。」
「なんで?」
「その方が恋人っぽい。」
あほ、と思わず言いたくなったが、今は新一と言い争うつもりはない。
「そんなんせんでも恋人やろう。」
平次が作った笑顔を新一に向けた。けれども新一は譲る気がなさそうだ。
「だったら名前で呼んでくれてもいいだろう。」
新一が何をそんなに拘っているのかわからなかったが。ここは平次が折れるしかないようだ。
「新一。」
平次が新一を呼ぶ。なんだかちょっと照れくさい。
「やっぱり工藤でいい。」
そう言いながら背けた新一の顔は僅かに赤くなっていた。
おもしろい反応だが、平次の表情も似たようなものだ。
当分は「新一」と呼ぶことはないだろうな、と思いながら、平次は再度
「工藤。」
と呼びかけた。

母の日(ハボロイ)

朝食を採らないロイのために、ハボックはコーヒーのみを用意した。
ハボックの入れたコーヒーを、ロイは満足気に飲む。
「君はコーヒーを入れるのが上手いな。」
「母に鍛えられたんですよ。食い物はそうでもなかったけど、コーヒーだけはこだわりがあったみたいで。」
「母親に感謝しておけ。正直言うと、君と初めて共に夜を過ごした時には、ただの暇潰し程度にしか思っていなかった。だが翌朝、君の入れてくれたコーヒーの味が忘れられなくてね。これがもらえるなら、君とは今後も続けてもいいかなと思った。」
初めの頃、ハボックとしてはかなり本気でロイを想っていたが、ロイがそうではなかったことにはハボックも気づいていた。だが今では、相思相愛であることは、ハボックの思い込みではない。
「俺のコーヒーに惚れました?」
「今ではそれだけではないよ。」
間違いなく、ロイの想いはハボックに向けられている。
「あなたと結ばれるきっかけがコーヒーだったと言うのなら、確かに母に感謝しなければいけませんね。」
「そうだな。今度、私から君の母に花束を贈らせてもらうよ。」
「それなら今度一緒に俺の実家にいきませんか?あなたのことを家族に紹介したいです。」
その時は、軍の上司ではなく、恋人だと紹介してもいいですか?そう尋ねたハボックに、ロイは、当たり前だ、と笑顔で応えた。

ファンタスティック(快平)

久し振りに会ったというのに、平次は読書に耽っていた。かまって欲しくて邪魔しても、平次は本から目を離さない。
平次が本を閉じたのは、快斗の希望に沿ったからではなく、ただ単に本を読み終えたからだ。
だがすぐに平次は次の本に手を伸ばしていた。
「そんなにおもしろい?」
「最近嵌っとるんや。」
平次が読んでいたのは、論理学の入門書だった。
「俺はロジックよりトリックの方がおもしろいと思うけど。」
快斗がバラを一輪取り出し、平次に差し出す。
「そのトリックかて、論理的に説明つくやろう。」
平次の言うとおりだ。
だからといって、これ以上本に平次の視線を奪わせるつもりはない。
「じゃあ、こういうのは?」
快斗が一瞬動いたが、どう動いたのか平次の目には止まらなかった。
気がつけば、辺りを無数のシャボン玉が舞っている。
シャボン玉に光が反射し、キラキラと輝いている。
「おもろいやないか。」
平次は手にしたばかりの本を開くことなく置くと、幻想的な光景にしばし視線を留めた。

こそあど(新平)

ベッドに座り警視庁から渡された資料を読みながら、新一はデスクでパソコンに向かっていた平次に言った。
「服部、それ、取ってくれ。」
「それってどれや?」
平次はマウスを動かす手を止め、振り返り新一を見たが、新一は資料から目を離すことなく、さっさと渡せと言わんばかりに手だけを差し出してきた。
「それだよ、それ。」
平次は机の上にあった鋏を手に取ると、新一の手に乗せた。
「ちげーよ。これじゃねえ。」
「だったら何なんや。はっきり言え。」
「赤ボールペン。」
平次は赤ボールペンを取り上げ、新一に投げ渡した。
赤ボールペンは新一の額に当たると資料の上に落ちる。
さすがに新一も怒っただろうか?平次は少しだけ心配したが。新一は表情を変えることなく赤ボールペンを手にすると資料に書き込みを始めた。
文句の言葉すら出ないくらい怒らせたか?平次は機嫌を窺うように新一に尋ねる。
「何も言わんのか?」
「言って欲しいか?」
「んー……」
言って欲しいような、言って欲しくないような。迷う平次に、新一が告げる。
「愛してるぞ。」
「何やそれ。」
突然の言葉に、平次は訝しげな表情を出す。
「わからんのか?」
「さっぱりわからん。」
「まだまだ夫婦には遠いな。」
やっぱり意味がわからない。
「工藤、俺にわかるように話せ。」
「そのうちわかるようになる。」
もういい。平次はパソコンの画面に向き直った。
「あっ、そうだ、服部、あの件どう思う?」
だからあの件ってどの件だ?平次は怒りを通り越して呆れてしまった。

反応(新平)

風呂上がり。首にかけたタオルで髪をガシガシと拭きながら、冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを取り出す。片手でカシュッと良い音を立てて開けると、ゴクゴクとビールを飲み込む。
「くーっ。」
顔を綻ばせながら、思わず平次は声を上げる。
「おまえ、おっさんくさいぞ。」
苦笑いを出しながら、新一が平次に近づく。
「美味いんやから、しかたないやろう。」
平次が更に一口飲む。
新一は、平次の口から缶が離れるとすぐにキスをした。
突然の新一からのキスに、平次が顔を真っ赤に染める。
「その反応は乙女っぽいんだけどな。」
「アホなこと言うな。」
平次が手の甲で唇を拭う。
「ベッドの上だと、もっといい反応見せてくれるよな。」
新一が平次の腕を掴む。
「工藤の反応、エロおやじや。」
「いい男って言えよ。」
誘いかけるような視線から平次は何とか逃れると、リビングのソファに座り、テレビで野球中継を見ながら、ビールを飲み続けた。

真夏の桜(新平)

新一が、隣に居た平次を抱き締めようとしたが。
「そういうのあかんて言うとるやろう。」
平次が新一の腕から逃げる。
「どうしてダメなんだよ。俺はおまえが好きで、おまえも俺が好き何だから、これくらいいいだろう。ダメならその理由を言え。」
「理由は関係ない。ダメだからダメなんや。」
理由を言われれば言い返すことは容易かったのに。理屈を抜きにされてしまえば、新一は何も言えなくなる。
「ちょっと触れる程度でもダメって、プラトニックどころじゃないだろう。おまえ、どこまで俺に我慢させる気だ。」
「ちょっと許せば、工藤のことやから全部持ってくだろう。いくら工藤のことが好きでもそこまでの覚悟はまだできてない。」
「まだってことは、いつかはそうなってもいいってことか?」
「いつかはな。」
「そのいつかって、いつだ?」
いつかはいつかだ。平次はそう応えることもできなくはなかったが。ここまで新一から逃げ続けてきたし、新一もそれを許してくれていたのだ。いい加減な応え方はしたくなかった。
少しの間、平次は黙って考える。いつか、とは、いつ?
「桜が咲いたら、その気になるかもしれん。」
平次が呟くように応えた。
「今はまだ初夏だぜ。しかも、なるかも、かよ。それまで待ってもならんかもしれないってことだろう。」
「確かにその時になってみないとわからんな。」
結局、新一の望む返事は得られなかったが。それですぐに諦めるような新一ではなかった。
「だったらすぐにでも桜を咲かせてみせてやるよ。それくらいのことをすれば、おまえも俺に惚れまくるだろう。」
「できるんか?」
「おまえのためなら、俺に出来ないことはない。」
新一はきっぱりと言い切った。
新一なら本当に夏に桜を咲かせることが出来るかもしれない。そんなことを本気で思ってしまうあたり、既に新一に惚れまくりなんだろうな、と平次は思ってしまった。

sunshine(新平)

平次が笑顔で振り向いた。
その瞬間、新一の目から一粒の涙が落ちた。
「工藤、どないしたん?何で泣いとるんや?」
この程度の涙なら、目にゴミが入ったと応えたところで平次は信用しただろう。だが咄嗟にそんな上手い言い訳が出せなかった。
「眩しかったんだ。」
平次の笑顔が眩し過ぎて、思わず涙が出てしまった。
「曇りやで。」
平次が訝しげに新一に言う。
「それでも、眩しいんだよ。」
天気は関係なかった。
「しゃあないなぁ。」
平次は被っていた帽子を取ると、新一の頭に乗せた。
「少しくらいは日よけになるやろう。」
帽子から、平次の匂いがした。本格的に泣いてしまいそうだ。
新一は帽子を目深に被り、何とか涙を堪えた。

4月1日+1ヶ月(新平)

「工藤、好きや。」
平次の突然の言葉に、新一は嬉しくて平次の身体を抱き締めようとしたが。
新一が動き出す前に、平次はすぐに言葉を続ける。
「嘘や。」
「服部、おまえ、俺のことからかって面白いか?」
「からかったわけやない。エイプリルフール。」
平次が笑顔でそう応えたが。今日は5月1日。エイプリルフールは一ヶ月も前だ。
「おまえのエイプリルっていうのは5月って意味か?」
「バレンタインデーも一ヵ月後にお返しするもんやろう。だから、今日でええ。」
お返しと言われても、新一はエイプリルフールに平次に嘘を吐いたわけではない。それどころか、その日は電話もメールもしていない。
「わけわからん。」
「俺もや。」
平次は新一に笑顔を向けていたが、その表情はあまり見たことのない複雑な感情が混じっていた。
「おまえ、何がしたかったんだ?」
「そのまんまや。工藤に嘘が吐きたかった。」
やっぱりわけがわからない。だが、わかったこともある。
「服部、おまえ、はったりは使えても、嘘は吐けないタイプだぞ。」
「そうかも。だったら俺は本気で工藤のこと好きなんやろうな。」
新一は今度こそ平次を抱き締めようとしたが。
「信じた?俺かて嘘くらい吐けるやろう。」
平次が満面の笑みを顔に浮かべる。
騙された……とは思いたくない。
「おまえの嘘は聞きたくねぇ。」
嘘も真実も出させないよう、新一は平次の唇を自分の唇で塞いでやった。