5月 2011Monthly Archives

なんとなく、幸せ(新平)

理由もなく、東京まで来てしまった。そんなに近所でもないのに。
東京駅で平次は新一と会う。新一と会うことが上京の理由、にはならない。
行きたい所もなかったので、新一について歩いて行くと、電車に乗っただけで、新一は行き先を告げてはこなかった。
都内をぐるりと周る電車。都会から下町まで、2人を運んでくれる。だが、そのどれもが目的地ではない。
話はほとんどしなかった。席に座ったまま、黙って窓から外の景色を眺めているだけ。
2周したところで、電車から降りる。東京駅。振り出しに戻る。
「帰る。」
平次が新幹線の改札口へと向かっていく。
「そうか。今日は楽しかったな。また来いよ。」
黙って電車に乗っていただけ。それのどこが楽しかったのだろうか。だが嫌味ではなく本心から新一がそう思って言葉を出していたということは、新一の笑顔からわかった。
「また来る。」
そう言い残し、平次が大阪に帰っていく。
新幹線の中で、平次が考える。今日は良い一日だったのだろうかと。
楽しかった、ことは何もない。
だが。
事件もなく、平和な時間を新一と過ごせたことは悪くはない。
次回は新一に会いに東京に来よう。平次はそんなことを思いついた。

雨(新平)

平次を東京駅まで送った後、新一はすぐには帰らず買い物等をして時間を過ごしていたが。すぐに帰れば良かった、と少しだけ後悔する。買い物を終え米花駅まで戻ってきた時、雨が降り出していたからだ。
平次と一緒に来た時は晴れていたのに。東京駅に着いた当たりで曇りはしていたが。今は土砂降り。まるで、新一の心の中を表しているかのようにも思われた。
待っていても雨は止みそうにない。
今日の気温なら濡れて帰っても大して寒くはないだろう。新一が思い切って雨の中、通りに踏み出そうとした時。携帯電話が鳴り出した。平次からの電話だった。
「工藤か?今、どこや?」
「米花駅に戻ったところだ。おまえはもう家に着いたか?」
「ああ、そうや。」
平次の声を聞き、新一の不機嫌は少しだけ消える。
「何かあったのか?」
「忘れ物したんや。」
「忘れ物?」
「ああ、そうや。そっちに傘忘れてきてもうた。」
家に着いているのなら今は必要ないだろう。どうやら心配するような用事ではなかった。
「どこに置いてきた?」
「今日工藤が持っとるカバンの中や。」
平次の言葉に、新一はすぐにカバンの中を確認した。見慣れない折り畳み傘が入っていた。
「次そっち行く時まで預かっててくれや。使うてもええで。」
「サンキュ、名探偵。」
何を言ってるんだ、と言い返してこない当たり、新一が悪天候で困ることを予想していたのかもしれない。そうでなければ、こんなところに傘など入れておかないはずだ。
「用事はそれだけや。またな。」
「ああ。」
電話を終えると、新一は早速傘を開いてみた。傘のモスグリーンは、平次の目の色と同じ。
傘を差し、新一が家へと向かう。
天気はまだ悪かったが。新一の心は快晴となっていた。